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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)631号 判決

控訴人 日本貯蓄信用組合

右代理人 江谷英男

被控訴人 横山秋義

右代理人 西野喜右衛門

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金二五万円とこれに対する昭和三六年五月三日から同年一一月一日まで、および同年一一月三日から完済まで年五分一厘の金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠関係は、次に記載する外原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一、被控訴人の陳述

(一)  被控訴人は四口の定期預金のうち、神田充男名義の預金(以下本件預金という)の払戻しを求める。従って本訴請求を、「控訴人は被控訴人に対し金二五万円およびこれに対する昭和三六年五月三日から完済まで年五分一厘の金員を支払え」と減縮する。

(二)  本件定期預金は被控訴人が自ら現金を持参して預金したもので、被控訴人が架空名義にしてくれと希望したところ、控訴組合の職員が神田充男名義を選んだものである。定期預金証書は被控訴人がその場で自ら受け取り持ち帰った。

(三)  被控訴人は本件預金を、訴外第一物産株式会社の債務の担保として差し入れることを承諾したり、その権限を神田充男に与えたことはない。控訴人のいう担保差入証は、被控訴人が預金の際差し出した印鑑を、被控訴人に無断で押捺して作成せられたもので、被控訴人はその作成に同意したことはない。ただ神田充男が、預金のあっせんをすると顔がよくなるから預金をしてくれと頼むので、本件預金をしたものである。

二、控訴人の陳述

(一)  被控訴人の請求の減縮に同意する。

(二)  本件定期預金は被控訴人の預金ではなく、訴外神田充男の預金である。すなわち本件定期預金は訴外神田充男が自己の預金として控訴組合に持参したもので、控訴組合では同人の指示に従って神田充男名義としたのである。控訴組合福島支店では、本件預金について問題が起こるまで、被控訴人と全く交渉がなかったもので、定期預金の届出印鑑も神田充男が持参して来たのである。

(三)  神田充男或いは被控訴人の何れが真の預金者であるとしても、本件預金は預金者によって訴外第一物産株式会社の債務の担保として控訴組合に差し入れられたものである。すなわち本件定期預金をした目的は、神田充男が代表者をしている訴外第一物産株式会社が、控訴組合から手形割引を受けるについて、その担保とするためであった。そこで控訴組合では右定期預金を受け入れると同時に、定期預金の届出印を捺印した神田充男名義の担保差入書を徴している。このように本名又は架空名義で定期預金をした者が、預金証書と同一名義を使用し、かつこれと同一の印を押捺して、右預金を他の債務の担保とする旨の書面を作成した場合には、特別の事情がない限りその預金は右担保に差し入れられたものとみなすべきである。

(四)  仮に本件定期預金の真の権利者が被控訴人であるとしても、被控訴人は神田充男に、右預金の名義を同人名義にすることおよびこれを第一物産株式会社の控訴組合に対する債務の担保として差し入れることを承諾したのであり、神田充男はこれを右担保に差し入れたものである。

(五)  仮に神田充男に右担保差入れの権限がなかったとしても、神田充男は、自分が定期預金をするから第一物産株式会社に対し手形割引の取引きをして貰いたいと申し出たものであり、印鑑も自ら所持し、定期預金の名義も同人名義にしたものである。このような事実からすると、控訴組合としては、神田充男が本件預金の権利者であり、その処分権限ありと信ずべき正当な理由があったものというべきである。従って民法一〇九条、商法二三条を類推解釈し、取引きの安全を保護すべき法理ならびに禁反言の法理に照らし、被控訴人は神田充男の右担保差入れ行為について責任を負わなければならない。

三、証拠関係 ≪省略≫

理由

被控訴人は、同人が控訴組合に本件預金をしたと主張するに対し控訴人はこれを争うので、まずこの点について判断するに、≪証拠省略≫によると、次のような事実を認めることができる。

被控訴人は昭和三六年四月頃その数ヶ月前に被控訴人の同業者として知った金融業訴外神田充男から、「控訴組合福島支店へ金一〇〇万円程度預金して貰いたい、そうすれば自分が組合に顔がよくなり融資を受けることができるから」と依頼されたこと、当時信用組合等では、預金をあっせんしてくれた人に多少の融資の便をはかるという例があったので、被控訴人は、自分としてはどこの金融機関に預金をするのも同じことであるが、控訴組合に預金すれば神田が右のような便宜を受けることができるからと考え、同人の依頼に応ずることにしたこと、そして昭和三六年五月二日神田の案内で控訴組合福島支店に行き、神田の紹介で当時の支店長広田武夫に会い、「金一〇〇万円の定期預金をしたい、期間は六ヶ月、証書は四口に分け、名義は架空か無記名にして貰いたい」と告げ、持参していた金一〇〇万円を広田に交付し、印を預金係員に預けたこと、なおその際傍らにいた神田がそれでは名義は神田という名を使用してはどうかというので、被控訴人はどんな名義でもよいと答えたこと、被控訴人は当時神田の名が充男であることを知らなかったこと、そこで控訴組合の預金係が、神田充男、神田二郎、神田義男、神田行男の各名義を使用して各金二五万円の定期預金証書を作成し、被控訴人から預かった印を届出印として必要箇所に押捺したこと、そして預金証書は支店長から被控訴人に交付し、印鑑は預金係から被控訴人に返還したこと、右定期の利率は年五分一厘であること、

以上のとおり認めることができ(る)。≪証拠判断省略≫そして右事実によれば右四口の預金は被控訴人が架空名義を使用し、自ら預金権利者となる意思で自己所有の金銭を預金したものと認める外なく、その預金者は被控訴人であるといわなければならない。けだしこのように架空名義の預金も、それが有効であることはいうまでもなく、その預金者は名義いかんにかかわらず現実に預け入れた者すなわち預金の真実の支配者であることは多言を要しないからである。もっとも右四口のうち本件預金は、右預金の際同行した神田充男の名義にたまたま一致することになったので、客観的には実在の他人名義の預金であるわけであるが、前掲≪証拠省略≫によれば、被控訴人は当時神田の名が充男であるとは知らなかったもので、神田充男名義を他の三口の名義と同じく単なる架空名義として使用したにすぎず、被控訴人には神田充男を預金者とする意思は毛頭なく、又神田充男を預金者とする旨の表意は、被控訴人からはもちろん、なんびとからもなされたことのないことが明らかである以上、被控訴人を預金者と認めるべきものとの前記結論になんらの消長を及ぼす理はない。

そこで控訴人の抗弁について判断する。

(一)  神田充男名下の印が本件預金の届出印により押捺されたものであることについて≪証拠省略≫によると、本件預金証書と同一の神田充男名義で、預貯金担保差入証が存在し、その神田充男名下には本件預金の預金者の届出印を押捺してあること、右差入証には訴外第一物産株式会社の控訴組合に対する現在および将来の一切の債務を担保するため、本件預金に質権を設定する旨記載されていることを認めることができる。控訴人は、右のような担保差入証が存在する以上、本件預金は預金者によって訴外第一物産株式会社の債務の担保として控訴組合に差し入れられたものであると主張する。しかしながら当審における被控訴人本人尋問の結果によると、右印影は、被控訴人が前記認定のとおり預金の際、預金に必要な書類に押捺するものと思って控訴組合預金係に預けた印鑑を、同係が被控訴人の了解を得ることなく押捺したものであると認められる。したがって右のような差入証があるからといって、被控訴人が右担保差入れを承諾していたものということはできない。控訴人は、訴外神田充男の了解を得て右印鑑を押捺したと主張するようであるが、神田充男が本件預金を担保として差し入れる権限を有していたものと認めるに足る証拠はないから、右主張は採用することができない。

(二)  控訴人は、被控訴人が神田充男に、本件定期預金を神田充男名義とすること、およびこれを第一物産株式会社の控訴組合に対する債務の担保として差し入れることを承諾したものであると主張する。しかしながら被控訴人が神田充男に右のようなことを承諾したものと認めるに足る証拠はない。むしろ被控訴人としては神田充男が、本件預金のあっせんをしたことの見返りとして控訴組合から融資につき便宜を与えられるものと推察していたにすぎないことは前認定のとおりであり、本件預金が神田や第一物産に対する融資の担保になるというようなことは毛頭考えていなかったものといわなければならない。したがって控訴人の右主張も採用し難い。

(三)  最後に控訴人の民法一〇九条、商法二三条等の主張について考察するに、被控訴人が神田充男になんらかの代理権を与えたものと認めるに足る証拠はなく、また自己の氏、氏名または商号を使用することを許したわけでもないから、本件事案に右各法条を類推適用することはできない。また取引きの安全を保護すべき法理ならびに禁反言の法理に照らしても、本件預金に担保権が設定されたものとして取り扱わなければならない根拠はない。従って控訴人の右主張も採用の限りでない。

右のとおりであるから、控訴組合は被控訴人に対し本件預金二五万円の支払義務あるものというべきである。

次に被控訴人は、昭和三六年五月三日から同年一一月二日までの利息および同年一一月三日から完済までの損害金を請求しているのでこの点について判断する。金融機関の受け入れる定期預金の期間計算については、民法一四〇条の規定と異なり、初日たる預入日を算入するという慣習が行なわれていることは、当裁判所に顕著な事実である。右方法によって計算すると、本件定期預金の六ヶ月の期間は、預入日たる昭和三六年五月二日から始まり、最後の月の応当日の前日である同年一一月一日までとなる。この期間内は約定の利息が支払われるとともに、預金者は払戻しを請求できないものであり、翌一一月二日は払戻しがなされる期日であって、同日以後は、預金者から払戻しの請求があれば金融機関はその支払いをすべきものであり、これを怠ればその翌日から遅怠による損害金を附加して支払わなければならない筋合いである。右期日当日は五分一厘という約定の利息は発生しないし(継続もしくは新たに預金すれば格別)、遅延損害金も発生する理は存しない。そして前記≪証拠省略≫によると、控訴組合は本件預金証書に右期間六ヶ月の定期預金の預入日として昭和三六年五月二日、期日として、昭和三六年一一月二日と記載していることが認められるから、この日以後は、預金者から請求があれば右払戻しに応ずることを表示しているものと解せられる。また一方原審および当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は昭和三六年一一月二日に本件預金の払戻しを請求したことが認められる。したがって右各事実によれば、当事者双方は前記慣習による意思を有していたものと認めるべきものである。そうすると被控訴人の付帯請求のうち昭和三六年五月三日から同年一一月一日まで約定利率年五分一厘の利息、および被控訴人が預金の支払いを請求した日の翌日である昭和三六年一一月三日から完済まで、商事法定利率の範囲内で年五分一厘の損害金の支払いを求める部分は正当であり、同年一一月二日分の利息もしくは損害金の支払いを求める部分は失当であるといわなければならない。

よってこれと結論を異にする原判決を変更して、被控訴人の請求を右の限度で認容し、その余はこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 中島一郎 阪井昱朗)

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